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福岡地方裁判所小倉支部 昭和44年(ワ)653号 判決 1975年3月31日

原告 上村紙業株式会社

右代表者代表取締役 上村栄

右訴訟代理人弁護士 渡辺恒雄

同 西村文次

被告 九州新菱冷熱株式会社

右代表者代表取締役 高原弘

右訴訟代理人弁護士 清水稔

主文

一  被告は原告に対し、金一、四三五万〇、二四九円と、これに対する昭和四三年三月一五日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二、七五五万四、七八一円と、これに対する昭和四三年三月一五日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、段ボールその他紙器一般の製造等を業とする株式会社であり、被告は各種冷凍機器の販売、冷暖房装置の設計施工等を業とする株式会社である。

2  原告は、北九州市小倉北区到津本町三丁目一三一番地所在の原告会社製品工場二階フォーム印刷工場内に東洋キャリヤ製冷暖房機器一台を備え付け、これを使用していたが、昭和四二年の一一月頃に至り、これを暖房用に使用する必要が生じたので、被告に対し、それまで取り外したままになっていた電気ヒータを取り付ける等して、同機器を暖房用に使用できるよう修理方を依頼し、被告もこれを承諾して、同月一五日午前中、被告会社従業員中山力、同中村信生の両名が同機器の設置してある右フォーム印刷工場において暖房機能を発揮できるよう同機器の修理に従事し、午前一一時二七分頃両名は修理を終えてこれを原告に引渡す準備のため、原告会社印刷課長宇佐豊、同印刷工場責任者石屋栄一郎立合のうえ同機器の試運転を開始したが、その際、中山が同機器の扉を開いて石屋にスイッチの操作は解っているかと念を押し、宇佐が中山からフィルターの掃除法等の説明を聴いたのち両扉を締めた瞬間、右冷暖房機器内からパーンというかなり高い音がし、同時に同機器用に備え付けてある同機器左横側のスイッチから火が発し、これが天井に燃え移って、同フォーム印刷工場、その横側の製函工場事務所および工場内の機械、商品、備品一切が焼失した。

3  右は、前記冷暖房機器の暖房機能を発揮するための修理に従事中の被告会社従業員中山力、同中村信生の両名が同機器内器具の組立ないし操作を誤り、出火せしめたもので、右出火は両名の重過失に基因するものである。

被告は、右両名の使用者であるから、火災によって原告の蒙った損害を賠償する責任がある。

4  原告は、右の如く本件火災により工場と工場内の機械、商品、備品一切を焼失し、別紙損害明細表記載のとおり合計金四、四〇一万五、一三八円の損害を蒙り、保険金とスクラップ売却代金の合計金一、六四六万〇、三五七円を控除してもなお金二、七五五万四、七八一円の損害を受けている。

5  よって原告は被告に対し、右金二、七五五万四、七八一円と、これに対する原告が本件火災発生後現実に損害を蒙った最後の日である昭和四三年三月一五日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、修理を依頼されたことおよび冷暖房機器の両扉を締めた瞬間、同機器内からパーンというかなり高い音がし、同時に同機器内に備え付けてある同機器左横側のスイッチから火が発し、これが天井に燃え移ったことは否認し、その余は認める。

被告が依頼をうけたのは、季節の変り目に必要な電気ヒーターの取付け、機器本体の電気系統の計器による安全性の確認といういわゆるサービス業務である。そして出火場所は本件機器の左側約五米の目の高さ位の場所に設置されているスイッチボックスの上方六〇ないし七〇糎、天井から約三〇糎下あたりの位置のモルトブレーン張りの壁であって、その焔が天井の方に噴出して火災となったのである。

3  同3の事実のうち、被告が中山力、中村信生の使用者であることは認めるが、その余は否認する。

4  同4の事実は知らない。

三  抗弁

仮に、被告会社従業員が冷暖房機器内器具の組立操作を誤り、同機器左横側のスイッチボックスから火が発してこれが天井に燃え移ったとしても、原告にも次のような過失があった。

すなわち、(1)本件のような工場には完全密閉型(防爆型)の特殊なスイッチボックスを使用するか、あるいは普通のスイッチボックスを使用するにしてもその導入孔と電線の間にはゴムのパッキンをし、ボックス内で火花が発してもこれが外部に出ないようにしておくべきであるのに、本件スイッチボックスにはそのような措置がなされていなかった。

(2)右スイッチボックスが設置されていた壁にはソフランが張ってあり、これが着火の原因となったのであるが、右ソフランは非常に引火性、可燃性の高い物質であって、工場の内装材料としては不適当であるのに、原告は不注意にもこれを使用していた。(3)原告の防火態勢は全く不充分であった。以上のように原告の損害の発生と拡大については原告にも過失があったから、過失相殺を主張する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、本件スイッチボックスが設置されていた壁にはソフランが張ってあったことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実ならびに同2の事実のうち、冷暖房機器の両扉を締めた瞬間、同機器内からパーンというかなり高い音がし、同時に同機器用に備え付けてある同機器左横側のスイッチから火が発し、これが天井に燃え移ったことおよび被告会社従業員がした電気ヒータを取り付ける等して同機器を暖房用に使用できるようにする作業を修理とよぶかサービス業務とよぶかは別としてこれらを除いた、その余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  出火原因

そこで、本件出火の原因を考察するに、≪証拠省略≫を総合すると、

1  出火場所が本件冷暖房機器の左側約八〇糎の壁に設置されている同機器用のスイッチのボックスのすぐ真上であること

2  出火直前に、右スイッチボックスから青白い光が発し、同時にかなり高い音がして、中のフューズが熔断したこと、すなわち、非常に大きな電流が流れた場合には、フューズが熔断しても、非常に短時間ではあるがアークでつながり、その間に一万度を越える温度上昇もおこり、その際稲光のような青白い光を発し、また音も、場所等によって感じ方に違いはあるが、非常に鋭い音を発することがあり、本件の場合の光と音はこれに当てはまること、また、スイッチボックスの中の銅製の電極が熔けており、しかもこれは銅よりも熔融点の低い真鍮が火災によっても原形をとどめていることからみて、本件火災によるものではなく、過大電流によるものであること

3  右の光と音、フューズの熔断は、本件冷暖房機器の両扉を強く締めた瞬間におこったものであること

4  本件冷暖房機器の電気ヒーターの接続用ボルト(発熱体)の先端が四箇所熔けており、鉄製カバーにもそれに対応する位置に四箇所熔痕があり、うち三箇所は貫通して穴となっており、しかもこれらは火災によってできたものではないこと、すなわち、真鍮製ボルトの先端三六本のうち右四本以外は全然熔融の痕跡がないのに真鍮よりも熔融点の高い鉄製のカバーが右のように熔けていることからして、それは火災によるものではなく、過大電流によるものであること。

なお、右に類するかないしはその三分の一程度の熔痕、穴がすでに本件事故より以前にあったとするならば、それが生じた時に当然フューズがとんで冷暖房機器は機能を停止するという電気事故が必ず発生しているはずであるのに、同機器購入以来そのような事故は一度もなく、本件事故時まで正常に運転していたのであるから、仮に以前から穴が生じていたとしても、それはフューズがとばない程度のごく小さなものであって、本件のような大きなものではなかったとみざるを得ないこと

5  本件冷暖房機器本体にも数箇所に安全装置があるが、これらの安全装置はすべて作動電流が六〇アンペアであるから、過大電流によりそのいずれが作動するかは判別できず、今回はたまたま本件冷暖房機器用スイッチ内に取り付けられたフューズが熔断したこと

6  スイッチボックスは密閉型になっているのが原則であるが、電線導入のため上部および下部に開放可能な穴が設けてあり、本件スイッチボックスの場合は上部の電線導入孔と電線との間に隙間があったから、過大電流により熔断したフューズが熔融温度をはるかに越えて高温度の気体状になり、これが右スイッチボックスの上部の穴の隙間から噴出し得たこと

7  右スイッチボックスの設置してあった壁にはソフランという非常に引火性の高い内装材が張られてあったこと

8  中山らは本件電気ヒーターを組立てるに当り鉄製カバーとボルトの間に石綿やベークライト等の絶縁体を挿置する措置をとらなかったこと

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実からすれば、本件火災は、冷暖房機器内の電気ヒーターの接続用ボルト(発熱体)の先端が、鉄製カバーに接触し、三相配線中の二線をショートして、過大電流が流れ、本件冷暖房機器用スイッチ内のフューズが熔断し、熔断したフューズは高温度の気体状となって、右スイッチボックスの上部にある三箇の穴から噴出し、これが右ボックスの上方のソフランに着火したことによるものと推認すべきである。

三  被告の責任

原告の依頼により、被告会社従業員中山力、同中村信生の両名が本件冷暖房機器に電気ヒーターを取り付け、これを暖房用に使用できるための作業に従事していたことは当事者間に争いがないところ、器具の取付け方法の過誤等による電気事故が出火の原因となることは必ずしも稀有の事例ではないから、右作業に従事する両名としては、電気ヒーターの鉄製カバーとボルトの間に絶縁体を挿置しないこと前認定のとおりである本件にあっては、接続用ボルトの先端とその鉄製カバーとが接触してショートし、過大電流が流れて、これが発火の原因となることがないよう、ボルトと鉄製カバーを組立てるに当り両者間に相当程度の間隔を置くかそのいずれをも充分に固定して設置するかして、その組立設置方法に完全を期する注意義務があるというべきである。ところが、前記認定のとおり、冷暖房機器の扉を強く締めた瞬間、同機器の電気ヒーターの接続用ボルトの先端がその鉄製カバーに接触し、これが発火の原因となったことからすれば少くとも、電気ヒーターの接続用ボルトとその鉄製カバーの組立間隔が過小であったかそのいずれかの固定が充分ではなかったことを認めざるをえないのであって、その点、電気技術者たる右両名に、前注意義務を怠った過失があるという外なく、またその程度は相当重大であり、法にいわゆる重過失に該るものと認めるのを相当とする。

そして被告が右中山、中村両名の使用者であることは当事者間に争いがなく、右両名の前記行為は被告の業務の執行につきなされたものであることは明らかであるから、被告は右両名の使用者として、本件火災によって生じた原告の損害を賠償する責任があるといわなければならない。

四  損害

≪証拠省略≫を総合すると、本件火災によって焼失した原告所有の建物、機械、製品、材料、火災による休業がなければ得べかりし利益等の合計金額は、別紙損害明細表記載のとおり、金四、四〇一万五、一三八円であることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

すなわち、本件火災により原告の受けた損害は、右金四、四〇一万五、一三八円というべきである。

五  過失相殺

本件火災において、原告会社製品工場二階フォーム印刷工場内のベニヤ板の壁に張られてあったソフランが発火の媒介物として重大な役割を果したことは前述のところから明らかであるが、≪証拠省略≫によると、右フォーム印刷工場においては、電子計算機用の紙の伸縮や変質を防止するために室内の温度と湿度を一定に保つ必要上、ベニヤ板の壁の上にソフランを天井まで張りめぐらしていたこと(壁にソフランを張っていたことは当事者間に争いがない)が認められるが、それが生産の必要上やむを得ない措置であったか否かはともかくとして、右証拠によると、ソフランは非常に熱に弱くて引火性が高く、速燃性のものであることが明らかであり、しかも原告会社は段ボールその他紙器一般の製造等を業とし、同工場内には多数の紙製品が存するために、一たび火災ともなれば大事に至る可能性が強いのであるから、そのような工場内のベニヤ板製の壁の上に右のようなソフランを張りめぐらせた場合にはそのために、これが媒介となって発火することがないよう充分注意すべきことはもちろん、一たび出火しても、そのために火災が大事に至る前に即座に消火し得るか、あるいは少なくともその拡大を最小限にくいとめることができるよう充分な防火態勢を整えておくべき注意義務があるといわざるを得ない。ところが、≪証拠省略≫を総合すると、二階の同フォーム印刷工場はかなりの面積を有するにもかかわらず、二ヶ所に各一個の消火器を備えるのみであった外階下から消火器を一、二個持ってきたけれども、火のまわりが早かったために間に合わず、同工場内にも入れないような状態であり、また階下からホースを持ち出して放水しようとしたけれども水が出なかったこと等の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実からすると、原告会社の防火態勢は、前認定の内装を有する紙工場としては、全く不充分であって、その注意義務を尽していなかったものという外なく、従って損害の発生ないし拡大について原告側にも過失があったと認めざるを得ない。

なお、被告は本件スイッチボックスの設置につき原告に過失があった旨主張するが、≪証拠省略≫によると、原告は本件スイッチボックスの設置を他の業者に依頼し、その工事施行者が、その判断に従って、本件スイッチボックスを持参しこれを設置したものであって、原告がこれを使用するように特に指示したわけではなく、しかもこれが通常行なわれている方法であり、その電線導入孔と電線との隙間に充填物をつめることも、新築の際でないかぎり普通は行なわれていないことが認められるから、本件スイッチボックスが完全密閉型でなく、また充填物がつめられていなかったとしても、この点につき原告に過失があったと認めるのは相当でなく、他に被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

しかして、前記原告の過失と被告の過失の比率は三対七とするのが相当と認める。

六  結論

そうすると、原告は本件火災により、前記損害金四、四〇一万五、一三八円の一〇分の七である金三、〇八一万〇、五九六円(一円未満切捨て)から原告が損害の内金である旨自認する火災保険金とスクラップ売却代金の合計金一、六四六万〇、三五七円を差引いた残金一、四三五万〇、二四九円の損害を蒙ったことになる。

してみると、原告の本訴請求は、被告に対し金一、四三五万〇、二四九円とこれに対する原告が本件火災発生後現実に損害を蒙った最後の日であることが前記証拠上明らかな昭和四三年三月一五日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用するが、仮執行の宣言は本訴において相当でないからこれを付さず、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍋山健 裁判官 内園盛久 横山敏夫)

<以下省略>

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